日曜は東京にてレッスン。お越し頂いた皆様有難うございました。また旧知の方ですがクローソンのローズウッドの顎当てをお試しにお越し頂き、さらにはお求め頂き有難うございました。
弦楽器専門店の展示会でよくご一緒させて頂いた旧知の方ですが、ゆっくりとお話を伺うことはありませんでした。とても面白く多くのお話を伺いました。「パーツ同士が話し合う」と伺い、その発想はなかった、と思いました。とても論理的に、しかも偏りなく音を作っておられ(こだわりの強い方は偏りが強いケースも多く、ニュートラルなのはすごいこと!普通の白米を美味しくできる感性です)、大変に興味深くお話を伺いました。
長時間有難うございました。お引き止め致しました。
その後、伺ったお話でピンときたことがあり、何か分かるかもと、自分にとっては苦手なブラームスのコンチェルトを久しぶりにさらってみた。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンは自分にとって心底崇拝できるのだが、この曲はどうも共感しきれず、チャイコフスキーの評する「詩情が欠けているのに、異常なほどに深遠さを装ってみせる」と同意見だった。
ベートーヴェンになりたくて仕方ないけれどなりきれていない若きブラームス。とはいえ45歳。以前、とある指揮者にシンフォニーの最初3曲は若書きだよねという話を伺った事がある。まだうまく言葉に変換できないのだけれども、若書き的な意見と、今回伺った音色のお話が結びついた気がした。
多くの人が名曲とする曲を理解できないのは不本意なこと。結局理解できないで終わるかもしれないが、少しでも理解できるよう努力は続けたい。多くの人が美味いという食べ物の美味しさが少しでも分かるようになりたい。好みはあれどニュートラルな感性を持ちたい。
多くのお話をして頂き有難うございました。お求め頂いた顎当てがお役に立てば幸いです。

「パーツ同士が話し合って」確かに音色は生まれますが
実際に試された音をお聴きして、すごく納得できた感じがあります
逆に話の合わないパーツもあるわけで
