日曜日は東京にてレッスン。ご利用&お越し頂いた皆様有難うございました。遠方よりお越しの方もおられました。遠いところ有難うございます。随分暖かくなりましたが、寒さがぶり返すとのこと。どうぞ皆々様ご用心ください。
先日の「新作シャコンヌは手放したのか?」からの連想で、複数のヴァイオリン・弓の使い分けについて。
よく楽器店で「サブの弓はいかがですか?」と勧められるが、必要あるとも必要ないとも言える。ただ毛替えの時のために安価なものを買うのはあまりにもったいない出費だ。買うのなら良いものを買ったほうがメリットは多い。
自分自身はヴァイオリンも弓も多くを持っていたけれども、決心して少しずお譲りして減らした。

これは2021年の写真。これが最盛期かな
思えば大量に持っていたものだ
自分にとって、楽器を持つ意味は「楽器に音楽を教えてもらえる」ことだ。「こう弾け」「こういう表現で」「余計なことをするな」と楽器からは多くのメッセージをもらえる。そして良い楽器(値段にはよらない)ほどより深いメッセージを提供してもらえる。良い楽器は最高の先生なのだ。
その「指導」が感じられなくなったら、それは自分にとっては役割の終わった楽器になったということだ。お役立て頂ける方に使ってもらおうと考えた。
普通の意味ではメインを張れるモダンイタリーのヴァイオリンや普通の意味では最高レベルのヴォアランやフェティークの弓もオールドイタリーやオールド弓ほどの厳しい「指導」を感じることは少なくなった。
ただ、その「指導」の厳しいオールドイタリーやオールド弓は弾きやすくはなく、演奏側の思った通りには弾かせてもらえない。モダンイタリーやヴォアランやフェティークの方が圧倒的に弾きやすい。弾きやすさを目的にするのなら必要とする道具も異なるのだ。もし自分が演奏をメインに仕事をするのなら、モダンイタリーもヴォアランもフェティークも弾きやすく思った通りの演奏ができるため手放さなかっただろう。
自分は少数の厳しい「先生」を残すことを選択した。もっと上手くなりたい。
楽器を増やそうと考えた時に、少なくとも能力の劣る楽器を増やすことは推奨しないかな・・・。現在のより能力の高いものか、せめて同等なものにすると学ぶことは多いし、複数を弾き分ける意味もあるはずです。