GW企画8日目:神童とその後の演奏を聴いてみよう

音楽の「神童」は昔から現れては消えてを繰り返しています。けれども本物の「神童」と言える人物がいました。メニューインです。

メニューインの神童ぶりは有名ですが聴いてみるのが早いでしょう(音だけです)。単に音並べではなく、生き生きとしたスピード感の反面、単なる勢いではなくフレーズの陰影や抑揚を不自然なくテンポと音色を変えながら伝える極めて成熟した演奏に感じます。これが12歳頃。多く出現した「神童」とは格が違います。

メニューインは戦時中の過労もあり、ひどい演奏になってしまった時期があります。明らかに荒いボウイング、不均一になってしまったヴィブラート、定まらない音程、音楽性すらも生命感を失ってしまいました。多くの演奏家が「脂の乗り切った」と言われるような時期の演奏はただの人になってしまった「神童」の成れの果て。ホロヴィッツに投げつけられた「ひび割れた骨董」の言葉を思わせる演奏が多く残っています。

自身も分かっていたそうで、多くの人にアドバイスを求めたり、ヨガや菜食主義に取り組んだり、ジャズヴァイオリンやシタールとのアンサンブルなどを行ったりしました。

迷いに迷って、救いを求めて、それでも子供の頃の輝きを取り戻す事はなかった。私もそう感じていました。

ところが60歳を過ぎたころの映像(1979年)です(時代もあって音と映像がずれています)。2分40秒あたりからのカプリース1番、3分18秒あたりからのカプリース24番。驚くべき上手さです。滑らかで無駄のないフィンガリング、コントロールできるようになったボウイング、24番の退廃的にすら感じる落ち着き。

「神童」が努力を重ねた結果、晩年になって報われたのだ、とこの動画を見た時に私は勇気づけられました。本物の「神童」でいられたのだと。