指の押さえ方

左指の押さえ方についです。左手の指で弦を押さえるときの指の向きや押さえる圧力、押さえるスピード、いずれも音程にも音色にも大きな影響を与えます。左指の押さえ方にも多くの注意点があるし、様々な指導方法や情報があります。そしてどれも一理あり、どれが正しくてどれが間違っているというものではありません。

ただ、こねくり回して複雑な話にはしたくありませんので、一番忘れがちで一番重要なお話をさせて頂きます。

「左指も普通でいいから」

ニュートラルな音を出す時は、左指の形やスピード、圧力いずれも「普通」の加減で考えると良いでしょう。決して特別な動作でもないし、上達するほどに「普通」であることが重要になっていきます。

左指の指先すぎず押さえる

指を立てて押さえなさいと昔は言われたものですが、立て過ぎは音色・音程ともに好ましくありません。

指を立てすぎて指先で押さえている例
メリットある場合もあれど、よほど大きな手でなければデメリットが多い

昔の指導でよく言われた「指先で押さえなさい」は、西洋人の手の大きい人向けの指導をそのまま持ち込んだのか、それとも三味線のフィンガリングの発想だったのかもしれません。けれども、かなり昔の映像を見ても指を完全に立てて押さえる名演奏家はほとんどいないように思えます(むしろ寝ています)。

左指を立てて爪に近い指先で弦を押さえると、固くソリッドな音が出ます。逆に指の肉厚な箇所で押さえると柔らかくソフトな音が出ます。

左指は爪の方向に注意

左指の押さえる向きは始めたばかりの時から注意するべきです。指の方向が正しくなければ、正しい音程を取ることも必要以上に難しくなるし、ヴィブラートや和音もうまく弾くことはできません。もし、爪が自分の顔に対して完全に横を向いているのでしたら早めに直すべきです。

横向きになり過ぎの好ましくない押さえ方

弦を押さえたときに人差し指と中指の爪が自分の顔を向くように押さえるのが適切です。薬指と小指は少し横を向きます。
※写真は分かりやすくするため他の指を離した状態です。演奏中はこのような形にはなりません。

演奏しているときの指の形も写真にてお示しします。ただ、私は手が大きくないことと、幼時の怪我で小指が曲がっていますので、それは割り引いて参考にしてください。左手の押さえ方の参考になれば幸いです。

人差し指(1の指)で弦を押さえている時の手の形

中指(2の指)で弦を押さえている時の手の形

薬指(3の指)で弦を押さえている時の手の形

小指(4の指)で弦を押さえている時の手の形

指で押さえるというよりも手全体で

指の押さえ方は指で押さえるというより手全体で包むイメージ、手がふわっとしている方が望ましいと言えます。

指で押さえようとすると左手は固くなりがちですし、手が固くなると押さえる自由度は低くなる上に、ヴィブラートポジション移動などで必要な柔軟性も欠いてしまいます。

押さえる発想自体も、例えば4の指を押さえるときも4だけを押さえるつもりではなく、他の指と協力して押さえようとすると良いかもしれません。ただ、4の指を押さえようとする時に「必ず1・2・3・4全部で押さえなさい」というのは行き過ぎと思います。有利な場合もありますが、不利になる場面も大変に多いためです、

左手がこわばった苦悶の表情をしているのなら、それは一生懸命弾きすぎ。左手も穏やかな余裕のある表情の方が、巧みに弾くことができるはずです。

押さえるスピードは速くはなく

昔は指板に指を叩きつけるように弾きなさいと言われたものですが、むやみな勢いで押さえる必要はありません。

「指の筋肉を鍛えなければならない」「左手だけで音が出るようにしなければならない」と言われることがよくあります。確かに、はっきりとした音を出すために一理あります。

ただバシバシ音を立てて押さえるのはいささかオールドファッションですし、きちんと整備された楽器ならそんな必要もないでしょう。

ですが、必要なのは力ではなく、指の瞬発力です。そして、その瞬発力も過度なものではありません。チェリストのフォイアマンは「指は落とすだけ」と。ここを勘違いしてしまうと大きく間違った方向に進んでしまいます。

曲の中での実践はとても難しいのですが、可能な限り指は自由落下のように、それ以上のスピードは通常は不要です。

※特に大人から始めた方ですと、「指の筋肉を鍛えよ!」は手を痛めることにもなります。鍛錬は一朝一夕にはできないもの。そもそも筋肉で弾くわけでもありません。

左指は極めて軽く

多くの方は左指を押さえる時に強く押さえ過ぎているようです。指板にかろうじて触れる程度で充分です。整備されたヴァイオリンの弦高なら、本当に軽い印象になるはずです。

演奏家の指板が短期間で削れてしまう話を聞いて、強い力で押さえていると思われがちですが、これは弦の振動によって削れるものです。力をかけているのではなく、むしろ、よほど軽い力で弦の振動を妨げないように押さえている証拠と言えると思います。

左指は最低限の力で押さえた方が、指は速く動くし、ヴィブラートやシフティング時にも有利になります。また、無理に楽器をあごで支えたりする必要がないため、身体を壊すリスクも少なくなるはずです。頼りないくらいに押さえるのがちょうど良いと言えます。

あまりにも頼りないために、むしろ違和感を覚えるかもしれませんが、ぜひ試してみてください。

※わたしもレッスンを受けるとき、「頼りないくらいがちょうどいい、手応えを感じようとしてはいけない」とよく言われたものです。先生が仙人に思えてきます。

石田 朋也

1974年愛知県生。2000年名古屋大院修了。ヴァイオリンは5歳から始め、1993年よりヴァイオリンの指導を行う。大学院修了後、IT企業のSEとしてNTTドコモのシステム開発などに携わる。退職後の2005年より「ヴァイオリンがわかる!」サイトを開設し情報発信を行う。これまで内外の1000人程にヴァイオリン指導を行い音大進学を含め成果を上げている。また写真家としてストラディヴァリはじめ貴重な楽器を400本以上撮影。著書「まるごとヴァイオリンの本」青弓社

美しい音が好物。バッハ無伴奏がヴァイオリン音楽の最高峰と思う。オールドヴァイオリン・オールド弓愛好家。ヴィンテージギターも好み。さだまさしとTHE ALFEE、聖飢魔IIは子供の頃から。コンピュータは30年程のMac Fan。ゴッドファーザーは映画の交響曲。フェルメールは絵画の頂点。アルファロメオは表情ある車。ネコ好き。

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左手の技術