弓をまっすぐに動かすヒント

ヴァイオリンの弦と弓は直角に交わっているのが望ましいと言えます。通常は直交している時が弦を効率よく振動させられるし、ノイズも最小限になります。

ところが弦に対して直角に動かしているつもりと思っていても実際には曲がっていたり、弓を動かし方を勘違いした結果として曲がる場合があります。錯覚や勘違いで曲がる事はご自分では解決しにくい事でしょう。

解決としては、

  • 錯覚と事実の相違を理解する
  • 部分ではなく全体としてつじつまが合うように
  • 強引な手でのコントロールより、楽器と弓が自ずから直交するように仕向ける
  • 整備された楽器と弓でこそ直交しやすい

といった発想が有効と言えます。

直交のつもりは直交ではない 

演奏者から見えている「直交」「まっすぐ」は実際には違っていることが多々あります。この錯覚が弓が曲がって動く最大の原因といえます。演奏者からは曲がって見えている状態が実際には弓と弦が直交していることになります。

演奏者から見て直交しているつもりでも

  • E線側:弓先が手前になる方向に曲がりやすい
  • G線側:弓のフロッグが手前になる方向に曲がりやすい

従って、E線側ではフロッグが手前になる方向に、G線側では弓先がやや手前になる方向に動かすつもりで弾くとほぼ直交します。鏡や動画撮影にて確認できますのでお試しください。

弦と弓が直交している状態(G線)

弦と弓が直交している状態(E線)

ヴァイオリンを持つ角度

ボウイングの角度は弓の角度だけではなく、ヴァイオリンを持つ角度でも決まります。弓が曲がって動くのは、ヴァイオリンと弓の位置関係が根本的に間違っている場合があります。

原則的にヴァイオリンの角度は「弓の都合の良いように」決めます。ヴァイオリンの位置に弓を合わせるのではなく、弓にヴァイオリンを合わせると言うことです。

角度を合わせようとせず力を抜いた状態で弓を弦に当ててみて下さい。この時、弓が手前に曲がるのであればヴァイオリンの位置が左過ぎ(写真1)、反対側に曲がるのであれば右過ぎと言えます(写真2)。

写真1 ヴァイオリンが左過ぎ

写真2 ヴァイオリンが右過ぎ

「ヴァイオリンは左側に構えてしっかりアゴで支える」イメージはありますが、ヴァイオリンの位置は状況に応じて変化しうるものです。「ヴァイオリンを弓に合わせる」発想で根本的問題が解決する場合があります。

※「ヴァイオリンの方を弓に合わせる」というやり方は出典がわかりませんが、わたしが子供の頃習っていた先生から教わったことです。鷲見三郎先生のやり方なのだろうかと思っています。

弓を動かす勢い〜音の頭だけでなく音符の最後まで

ダウン(下げ弓)の時に「弓を前に押し出すように」アップ(上げ弓)の時に「手を身体の方に引き寄せて」と多くの教室で言われるかと思います。これ自体は極端でなければ問題はありません。

ただそれ以前に、弓を動かす勢いが強すぎてスリップした結果コントロールが効かなくなり、あらぬ方向に曲がって動くことは多いもの。弓は瞬発力で弾くものではなく、弓と弦を密着させ続ける持続力で弾くものです。別の言い方をすると音は音符の頭で終わりではなく音符の最後まで出し続けるものです。

それは息を吐いたり吸ったりする呼吸に例えられます。平常時の呼吸が生活の中で大半であるのと同じで、ボウイングでも大半の状況では一定に音を出します。吸ったら終わり吐いたら終わりではなく、ある程度吸い続けある程度吐き続けます。

呼吸のように動かせば複雑なコントロールをしなくても弓はまっすぐ動きます。必要以上の瞬発力で急発進すると意図しない方向に進みます。弓をコントロールする重要な要素ですが、ボウイングの勘違いとしてよくある事です。

弓の持ち方〜弓に任せて

ボウイングのトラブルの多くは弓の持ち方に起因します。

弓をしっかり握り過ぎると、弓は真っすぐに動きません。できるだけ弓を自由にして、ふわっと持つ方が思い通りに動きます。

指が伸び切っていたり、指が曲がり過ぎている場合も弓は曲がって動きます。特に小指が伸び切って突っ張っているような場合は曲がって動きやすくなります。持つ場所が元過ぎても先過ぎても弓は曲がって動きます。

しっかり握りすぎている状態

硬直している状態

指先だけでなく腕全体も緩んでいた方が弓はまっすぐ動きます。手の表情としては頼りないくらいにフワッとしているようになります。

多くの場合、弓は持ち過ぎです。落とさなければ良い程度に持ってお試しください。

弓の動かし方は普通の動作と同じ

「弓を持っている」と考えると、普段なんてことのない動きが非常に難しいものになる場合があります。

「弓は肘から先で動かしなさい」と指導される場合があります。ある条件(速いパッセージを弾く場合など)では正しい場合もあります。肘関節が固まっているのは好ましくありませんが、ボウイングは肘の関節だけで行うわけではなく、腕の各々の関節が少しずつ動くことで成り立ちます。

うまく弓が動かない時に、鉛筆やボールペンなど、単なる棒をまっすぐに動かそうとやってみて頂きたいと思います。ひじの関節だけでなく腕の付け根の関節も、手首の関節も各々が少しずつ動くはずです。

ボウイングについては多くのことが言われ、ひどく難しいものに思いがちですが、要はただ単に木の棒を一定に動かす動きに過ぎません。複雑に考えるよりもシンプルに考えた方が近道です。

松脂と弓の毛、弓の質

弓をまっすぐ動かすためには、弓の毛の状態と松脂の質・量も関係します。松脂を塗っていない弓の毛ではどんな演奏家であっても弓はまっすぐに動かないはずです。

松脂は多過ぎも少過ぎ好ましくありません。弓の毛と弦が充分に引っかかる加減が適切な加減となります。その加減は、昔は3往復と言われていましたが、現代の松脂では普段使用する時は1往復もすれば充分のように思えます。

また、松脂の質もボウイングに影響をおよぼします。廉価なセットヴァイオリンに付属の松脂は、弓と弦の引っかかりが不充分な場合があり、比較的定評のある松脂に替えるだけで弓がまっすぐに動くようになることがあります。

弓の毛があまりにも古くなっている場合や、弓の質が悪い場合も弓は素直に動きにくくなります。機会ある時に良い弓をお試しになって確認するのは有益で、問題の原因を特定しておくのはどんな問題に関してもプラスに働くはずです。

弓をまっすぐ動かすことを含めたボウイングの良し悪しは、演奏者の腕だけではなく、弓にも大きく左右されることを知っておいて欲しいと思います。

石田 朋也

1974年愛知県生。2000年名古屋大院修了。ヴァイオリンは5歳から始め、1993年よりヴァイオリンの指導を行う。大学院修了後、IT企業のSEとしてNTTドコモのシステム開発などに携わる。退職後の2005年より「ヴァイオリンがわかる!」サイトを開設し情報発信を行う。これまで内外の1000人程にヴァイオリン指導を行い音大進学を含め成果を上げている。また写真家としてストラディヴァリはじめ貴重な楽器を400本以上撮影。著書「まるごとヴァイオリンの本」青弓社

美しい音が好物。バッハ無伴奏がヴァイオリン音楽の最高峰と思う。オールドヴァイオリン・オールド弓愛好家。ヴィンテージギターも好み。さだまさしとTHE ALFEE、聖飢魔IIは子供の頃から。コンピュータは30年程のMac Fan。ゴッドファーザーは映画の交響曲。フェルメールは絵画の頂点。アルファロメオは表情ある車。ネコ好き。

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