力を抜くってどういうこと?

ヴァイオリンのレッスンでは「力を抜きなさい」「脱力!」と指導されることは多いものです。ともすれば力を抜けば何でも解決するような風潮すらあります。けれども「力を抜く」の言葉は分かっても、ヴァイオリンの演奏の中での「力を抜く」がどういうことかよく分からない事も多いかと思います。

適切に作られたヴァイオリン・弓にとっては空中で浮いている状態が理想的
力を入れない方が楽器の構造に沿っていると言えます

力が抜けているってどういう状態?

力が抜けている状態、脱力できている状態は文字通りグニャグニャです。

どんな感じか無理に表現してみると、

  • 酔っぱらってふにゃふにゃしているような感じ
  • 疲れ切って元気が出ないような感じ
  • 熱が出てふらふらしているような感じ

でしょうか。腕や身体を持ち上げているわけで実際には力はかかっています。ですが「力をかけている」と実感するほどではない加減と言えましょうか。

腕の重さ・身体の重さを感じられる状態が力の抜けた状態です。腕を強く持ち上げている時も、だらっと下げている時も腕の重さはあまり感じないはず。ですが、手のひらを握りも開きもせずで腕を横に伸ばすと、腕の重さを感じられるのではないでしょうか?私はこの感じがヴァイオリンを弾くときの感じに近いと思います。

この感じでヴァイオリンを弾くと手応えをほとんど感じません。意識的に弓を弦から浮かすわけでもないし、押しつけるわけでもない。弾く時に手応えが無いと弾いた気にならず不安になる気持ちはわかりますが、手応えで弾くのは誤りです。最終的には、演奏は手応えが無くなって無意識になるべきです。

例えば、自動車でむやみにアクセルを踏み込んでは暴走しますし、アクセルを踏まなければ走ること自体できません。多くの場合、一生懸命弾き過ぎの場合が多いようで、そこまで弓は速くなくて良いし、圧力も強くなくて良いというケースがほとんどです※。

力を抜くと言うのは一生懸命とは対極です。一生懸命でなく、アクセルを踏みすぎずと考えて弾いてみると感覚がつかめるかもしれません。

※ただし楽器の調整が悪かったり、楽器・弓自体が良くない場合は無理しないと弾けません。壊れかけた車でスムーズに走るのは難しいようなものです。

なぜ力を抜くのか?

どうしてヴァイオリンを弾くのに力を抜きなさいと言われるのでしょうか?どうして力を入れてはいけないのでしょうか?

指導には理由があるものですが、概してその理由を説明されることは多くないようです。まずは1分間、「力を抜きなさい」と指導されていることについて、その理由を考えてみることにしましょう。

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ヴァイオリンの演奏の目指すところは聴き手を満足させることにあります。クラシック音楽の場合は教会や貴族・王族のニーズに沿って満足させることが成り立ちといえます。それに合わせ作曲技法や楽器の構造も進化しました。

現在のイメージの「芸術家」ではありません。宮廷で音楽家は料理人と同じ扱いでした。出過ぎた事をしてはいけない。いつも同じ結果を確実に提供しないといけない。提供される側の嗜好に合わせなければならない。

そのため、短時間の練習でニーズに沿った高クオリティの演奏を安定してできるよう、ヴァイオリンの演奏技術に即して作曲され、ヴァイオリンや弓も難しい操作をせずニーズに沿った残響と広がりある音が得られるように進化しました※。

力を抜くことが前提の楽曲や楽器だから力を入れては設計通りに機能しなくなってしまう。それが力を抜く理由と考えています。逆に力を入れることが前提なら力を入れて弾く必要があり、従って、なんでもかんでも力を抜くわけではありません。ただ、上質なヴァイオリンなら大して力は必要ないようにできています。また古典派以前の音楽なら力は大して必要ないと言えます。

※残響で天国的な音がするようホールも工夫されたのは分かりやすいですが、ヴァイオリンを含めさまざまな楽器自体でもそういう音が出るように工夫されました。

なぜヴァイオリン弓は60g程度、ヴィオラ弓は70g程度でできているのでしょうか?
力を入れたらその違いは意味を失います

石田 朋也

1974年、愛知県生まれ。2000年名古屋大学大学院人間情報学研究科修了。ヴァイオリンは5歳から始め、大学在学中の1993年からヴァイオリンの指導をおこなう。大学院修了後、IT企業でコンピュータ技術者としてNTTドコモのiモードプロジェクトなどに携わる。退職後、2005年からヴァイオリン情報サイト「ヴァイオリンがわかる!」を開設し、大人向けのヴァイオリン指導とヴァイオリン属の弦楽器に特化した写真家としての仕事をおこなう。これまで約1000人にヴァイオリンの指導をおこない、成果を上げている。また、写真家としてストラディヴァリやグァルネリ、アマティ、グァダニーニなどをはじめとする貴重な楽器を400本以上撮影している。著書「まるごとヴァイオリンの本」青弓社。「ヴァイオリンがわかる!」(https://www.violinwakaru.com/)。

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