スピッカートを上手く弾くには

スピッカート(跳弓)は多くの方が苦手とする技術のようです。名前の通り、弓を跳ねさせる奏法ですが、言葉から来るイメージがむしろスピッカートを難しくしているように思えます。

スピッカートは「演奏者が自分で弓を跳ねさせる」のではなく「弓が自ずから跳ねようとするように仕向ける」「弓が勝手に跳ねるのをコントロールする」と考えた方が適切です。弓を跳ねさせにいくと弦の表面をこするだけの貧弱な音になってしまいがちで、これはスピッカートとは言えません。

スピッカートは弓のスティックの弾力を活かして弾くもの。そしてデタッシェ(弓を跳ねさせない「普通の」弾き方)に想像以上に近い。

ボウイング全般に言える事ですが、スピッカートも根性や練習量だけでは弾けません。適切な位置で適切な方向に力をかけること。そして弓の張り具合、弓の毛、松脂や弓自体の能力も大事な要素です。

※ここでは狭義のスピッカートではなく、ソーティエやリコシェなどを含めた広義のスピッカートで記しています。

弓の程よい位置で、跳ねるように仕向ける

例えばクロイツェルの2番を弾きながら少しずつ弓を元に持ってくると、弓は勝手に跳ね始めます。この「勝手に跳ねる」感じがベーシックなスピッカートになります。手で弓を持ち上げるわけでも、跳ねさせようとするでもなく、逆に比較的しっかり弓を弦に当てている方が上手く弾くことができます。

主に弓の毛と弦の接点の位置で跳ね具合をコントロールします。跳ねやすく良い音のする場所で弾くわけですが、その位置は跳ねる速さ(周期)によって変化します。ゆっくりなら元、速くなら先です。跳ねやすく良い音が出る場所を探すことがスピッカートをうまく弾く大きなポイントのひとつです。

ゆっくりの周期(四分音符=120で四分音符)の位置
弓の手元から12cm程度が目安になります

速い周期(四分音符=120で16分音符)の位置
弓の手元から24cm程度が目安になります

肘は上げ過ぎず、人差し指で押さず

スピッカートを弾くときには、肘は上げ過ぎない方が弾きやすくなります。肘を上げて、人差し指で圧力をかけて弓の毛を押しつぶすとスピッカートは出来ません。

スピッカートは弓の弾力を利用した奏法です。弓の弾力を人差し指でコントロールする必要があり、コントロール出来ないほど押さえつけるべきではありません。肘からの重さをかけるべきとしばしば指導されますが、ある程度重さはかけつつ、人差し指で押さえ込まない方がうまく弾けます。

肘を上げる弾き方ではダウンの時に右手をねじり気味になります。すなわち、弓先に行くほど人差し指が下がり、小指が持ち上がり気味になります。スピッカートの時はこの逆の動きを意識するとうまく弾ける場合があります。つまり、ダウンの時は少しだけ小指を意識し、アップの時は人差し指を意識します。

実際には真横へ動きますが、気持ち程度ダウンでは右手を低くするように、アップでは気持ち右手を高くするようにとイメージすると(”⌒⌒”という動きのイメージです)、スピッカートはうまく弾くことが出来ます。

弓を寝かせ過ぎず

スピッカートを弾く時に弓の毛を寝せるように指導される事があります。発音時のノイズを軽減させたり、小音量で弾く時には有効ですが、弓を寝せるとスティックの弾力は活かしにくくなります。

弓は寝かさず立てて弾いた時の方がスティックの弾力を活かす事ができます。従って、弓を寝せることありきで考えるのではなく、まずは立てて弾くことから始め、そこからノイズを軽減させる目的で弓を少しずつ寝かせていき、望む音が出る加減を探すと良いでしょう。

弓の質が悪かった頃は、弓を寝せないと弦に引っかからない事も多く、苦肉の策だっただろうと思いますが、現代では比較的安価な弓でも充分な性能を持っていますし、毛替えの技術は日本が一番です。

音色や発音などニュアンスの多彩さを求めるには有効ですが、「スピッカートだから寝せる」は単純すぎると言えます。

こういう弓の寝かせ具合でうまくスピッカートを弾くのは困難です
ただ粗悪な弓ではこうしないと弾けない場合はあります

弓の張りを変える事で弾きやすくなる事も

弓の張りはスピッカートの弾きやすさに影響します。かつては、弓の毛を張りすぎるケースが多かったのですが、最近では張らなさすぎるケースを多く見かけます。

弓の張りが強すぎても弱すぎても、弦に充分引っかからなくなります。一番引っかかりの良い張り具合が音は良いし、スピッカートもうまく弾けます。この張り具合は弓によって異なりますので様々な張りを試して頂きたいと思います。

弓の毛が傷んでいるとスピッカートはできません

スピッカートは弓の毛の状態にも依存します。

スピッカートは弓の毛の引っかかりを利用して行う技術」だからです。逆に言えば、弓の毛に引っかかりが無ければスピッカートはできません。

弓の毛を何年も交換していない場合はまともにスピッカートはできません。また、松脂を塗る量が多過ぎても少な過ぎてもスピッカートは難しくなります。

弓の毛は使っているうちに引っかかりが無くなってきます。ですが、引っかかりが無くなった状態で弾いている方をしばしば見かけますが、これでスピッカートを弾くのは不可能です。減った弓の毛は減ったタイヤのようなもので、本来簡単な操作も難しい操作になります。

長らく交換していなければ弦楽器専門店で弓の毛を新品に交換してもらってはいかがでしょう?これだけで、圧倒的に弾きやすくなる場合があります。

松脂で弾きやすくなる場合も

スピッカートは松脂の塗り具合にも依存します。

松脂を塗る量も人によってかなり差があります。自分では気がつかなくても、少な過ぎたり、逆に多過ぎたりすることがあります。普段、ただ何となく塗っていませんか?一番いい音が出て、弾きやすい塗り加減が正しい加減ですので、いつもより多めにしたり少なめにしたり研究してみてはいかがでしょうか?

また松脂の銘柄を替える事で弾きやすくなる場合もあります。例えば極端には、チェロの松脂を使って引っ掛かりの強い松脂にした方がスピッカートはやりやすくなります(ヴァイオリンでチェロの松脂はノイズが多くなりますが)。

弓自体の能力の影響も多大です

松脂や弓の毛だけでなく弓自体の能力も無視できません。良い弓で弾けばスピッカートは容易にできます。

弓の毛が充分弦に引っかかることがスピッカートの大前提です。良い弓の特徴のひとつは、腕の動きを確実に弦に伝えてくれる点があります。自動車で言えばハイグリップタイヤのようなものです。良い弓の方が弦に充分引っかかるため弾きやすくなると考えることができます。

トルテなどの名弓を弾くと、人間が弓をコントロールするのではなく、あたかも弓が人間をコントロールして勝手に跳ね回るように感じることがあります。良い弓になればなるほど、人間の方でやることは少なくなります。「楽に弾ける」ことが良い弓のひとつの条件ですし、楽に弾ける状態の方がスピッカートも適切にできます。

石田 朋也

1974年、愛知県生まれ。2000年名古屋大学大学院人間情報学研究科修了。ヴァイオリンは5歳から始め、大学在学中の1993年からヴァイオリンの指導をおこなう。大学院修了後、IT企業でコンピュータ技術者としてNTTドコモのiモードプロジェクトなどに携わる。退職後、2005年からヴァイオリン情報サイト「ヴァイオリンがわかる!」を開設し、大人向けのヴァイオリン指導とヴァイオリン属の弦楽器に特化した写真家としての仕事をおこなう。これまで約1000人にヴァイオリンの指導をおこない、成果を上げている。また、写真家としてストラディヴァリやグァルネリ、アマティ、グァダニーニなどをはじめとする貴重な楽器を400本以上撮影している。著書「まるごとヴァイオリンの本」青弓社。「ヴァイオリンがわかる!」(https://www.violinwakaru.com/)。

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