毛替えは弓の性能維持の作業

毛替えは弓の毛の交換作業ですが弓の保全にもつながります。毛替えを必要に応じて行うことで弓を良い状態に保つことができます。

一方、必要も無いのに毛替えをするのは無駄なお金がかかることですし、都市圏でなければ弦楽器工房に送付し返送されるまで時間もかかることでしょう。松脂がなじむまで充分な音は出ず弦への引っ掛かり不足のため、毛替え直後の本番はコンサートの失敗にもつながります。

無駄な毛替えやタイミングの悪い毛替えを避けるためにも、弓がどうなったら毛替えが必要なのか知っておくことは有益なことと思います。

そしてきちんとした弦楽器工房なら、毛替えは毛の張り替えだけでなく弓全体の整備でもあります。むしろその点の方が弓にとって重要かも知れませんしプレイアビリティの面でも重要です。

毛替えを必要とする状態の弓
毛が伸びていて、かつ、毛の張りが不揃いに

毛替えのタイミング

「毛替えは3ヶ月毎に」と言われることもありますが、感覚的にはかなり弾いていても3ヶ月程度で寿命が来るようには思えません。普通に趣味で弾いている場合は年に一度程度の頻度で充分かと思いますが、本質的には期間での判断ではなく、不具合が生じたら交換するものと考えるべきです。

毛替えの直後は松脂がなじんでおらず、音は薄っぺらいし引っ掛かりも不足です。この状態で本番を迎えるとボウイングが不安定になりコンサートを失敗しやすくなります。

毛替えから1〜2週間程度で落ち着き始め、その後は当面良い音と好ましい弾き加減が持続します。そして寿命が来ると最終的に松脂を塗っても毛に付かないような感じになり、弾いた感覚も弦の上を滑るようになります。滑りは毛の摩耗だけではなく弓の毛のバラツキでも生じます。使用していくうちに弓の毛が次第に伸びていきます。伸びると特に湿度が高い場合は適切なテンションまで張れなくなりますし、伸びてバラツキが大きくなると弓は滑ります。

適切な毛の張り方によって、引っ掛かりが得られます。毛替え直後は揃っていても使用によって伸びたり一部の毛が引っ張られるとバラツキが出てくることになります。バラツキの発生を考慮した上手い毛替えの場合は1年以上経っても良い状態を維持できる一方で、下手な毛替えの場合はそもそも毛替え時点でバラツキがあり毛替え直後から松脂を塗っても滑ります。

結果として滑るようになったタイミングが正常な状態での毛替えが必要なタイミング、重要な本番やコンサートがあるならその2週間前までには交換をと考えています。

上:弓の毛が伸びている状態、下:正常の状態
弓の毛が伸びるとフロッグと巻皮の隙間(矢印で示す箇所))が空き過ぎる
この隙間のスティックが親指の爪で削られ摩耗するし、無理に張るとネジを傷める
スティックの摩耗は価値的にも少なくない減額対象

寿命前に毛替えが必要になる場合

寿命が来る前に生じる問題もあります。

弾いている時に弓の毛が切れてしまうことがあります。強い力が毛にかかった時に切れますが、一般的に弓を寝かせて弾くことも多いため片減りします。またあまりにも頻繁に切れる時は弾く時に弓を弦に押しつけ過ぎていることが考えられます。

明らかに片方の弓の毛が少なくなったまま使用していくと、テンションの左右差により弓が曲がってしまうことがあります。毛を張る時に左右のテンション差を付けることで、曲がった弓も使用に耐えうるよう補正はできますが好ましいことではありません。

また、弾いていないのにケースの中で切れる場合は虫の可能性や、ケース内の弓の留め具に不具合があることが考えられます。自分はケースの留め具(プロペラ)に毛が引っかかって切れたことがあります。ケースの留め具のプラスティックにバリがあり、やすりで擦って解決しました。

張る毛のランクによる違い

張る毛の種類がいくつか用意されている工房も多いものです。概ね高額な毛は引っ掛かりが強く発音が明瞭になる事とと、音が大きく華やかになるものが多いようです。すなわちソリスト的になります。

ただ高額な毛は弓自体が良質であって性能を発揮します。あまりに安価な弓に高額な毛を張るのはオーバースペックですし、逆に良質な弓なら高額な毛を張った方が弓の性能をフルに発揮できます。

ただ、毛の種類やランクより毛を張る職人さんの腕前の方が音や弾き加減には影響が大きいものです。高額な毛は上手い職人さんでこそ意味あるものと言えます。

毛替えに伴った弓の整備

きちんとした弦楽器工房なら毛替えと同時に弓のトラブルのチェックや、必要ならクリーニング、ネジなどの潤滑の改善をしてもらえるものです。

トラブルのチェックとして、チップの割れは破損しやすい部分で代表的と言えます。フロッグのガタ付き、ネジの動きなどもチェック項目です。いずれも弓が機能を果たすには必要なチェックで、トラブルがあれば修理が必要です。

スティックに付着した松脂でも音色や弾き加減は少なからず変化しますのでクリーニングが必要です。ネジやスライドの潤滑も音色も変化しますし、将来のトラブルも未然に避けることができます。

毛を外した弓のチップ部分
チップが割れています(この時交換しました)

スライドを外したフロッグ

結局毛替えが必要な条件は?

松脂を塗っても滑るような感じになったり、弓の毛が明らかに片方だけ少なくなっていたり、巻き皮とフロッグの隙間が明らかに空いていたりしたら、毛替えを依頼するべきでしょう。2年も3年も毛替えをしていない場合は、まずは毛替えの依頼をしてみることをお勧めします。まずは良い状態を知って、その上でご自分にとって必要な頻度を判断すると良いかと思います。

石田 朋也

1974年愛知県生。2000年名古屋大院修了。ヴァイオリンは5歳から始め、1993年よりヴァイオリンの指導を行う。大学院修了後、IT企業のSEとしてNTTドコモのシステム開発などに携わる。退職後の2005年より「ヴァイオリンがわかる!」サイトを開設し情報発信を行う。これまで内外の1000人程にヴァイオリン指導を行い音大進学を含め成果を上げている。また写真家としてストラディヴァリはじめ貴重な楽器を400本以上撮影。著書「まるごとヴァイオリンの本」青弓社

美しい音が好物。バッハ無伴奏がヴァイオリン音楽の最高峰と思う。オールドヴァイオリン・オールド弓愛好家。ヴィンテージギターも好み。さだまさしとTHE ALFEE、聖飢魔IIは子供の頃から。コンピュータは30年程のMac Fan。ゴッドファーザーは映画の交響曲。フェルメールは絵画の頂点。アルファロメオは表情ある車。ネコ好き。

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ヴァイオリンのメンテナンスと修理