ストラディヴァリなど古いヴァイオリンが珍重されることから「古いヴァイオリンほど良い」と短絡的に結びつけられがちです。ですが、当時のままの楽器はほとんどなく、長い年月の中で多くの修理を施されて現在に至ります。古いヴァイオリンというものの「事実」を知っていただくために、古いヴァイオリンに典型的に見られる修理の痕跡をご紹介します。
外部から見える修復の痕跡として、ブッシング、継ぎネック、割れの修理、ハーフエッジが特徴的と言えます。魂柱パッチやベルパッチなど外観に現れない修理の痕跡もありますが、見えない部分は楽器店や工房の領域で、ユーザーが意識する必要はないでしょう※1。
楽器として使い続けるために修理は行われるもの※2。修理の痕跡による「古びの美」「古さによる貫禄」を尊重し過ぎるのもいかがなものかと思いますし、逆に修復の痕跡に必要以上に恐れることもありません。
楽器として機能すること。その機能に見合った金額であること。そして、その機能に満足できること。これが楽器選びの要と思います。ヴァイオリンを常識的に判断する手助けになれば幸いです。
※1外観以上に内部の修理が多いこともあるため、購入の際には、最終確認としてエンドピンを外して中を見たり、デンタルミラーで見せてもらうこともあります。ですが、これはあくまでも購入時の最終確認と考えるべきでしょう。
※2 商品価値を上げるために行われる、見た目やスペック重視の修理・改造もありますが、修理の本来の目的は楽器として使い続けるためにあります。
ブッシング:ペグ穴を作り直す修理
ペグ(糸巻き)を差し込んである穴の回りが二重、三重になっている場合があります。


ヴァイオリン属の弦楽器の場合、通常、スクロールを含むヘッドの部分は交換せず、残しておく慣習になっています。でも、ペグとペグの穴は調弦(チューニング)を行う度に、すり付けられて、長い間使っているうちにすり減り、次第に穴が大きくなってしまいます。
ヘッドは残したい、でも、ペグ穴が広がって使えなくなってしまう。どうしたか。昔の人は偉大です。すり減って大きくなった穴は一度別の木で埋めて穴を開け直せばいいじゃないかと。
ペグ穴を作り直す修理をブッシングと言い、長年弾かれ続けてきた古い楽器に多く見られます。しかし、本物に忠実であろうとしたレプリカは新作楽器でもブッシングされていることもあります。逆に、あまり使われていない楽器の場合、古い楽器でもブッシングされていないこともあります。
ブッシングの有無は楽器の良し悪しとは全く関係ありませんが、古い楽器によく見られる特徴です。そして、すり減り具合はヘッドの木材の材質を反映するため※、長年弾かれ続けてきた楽器の特徴やその製作者の特徴にもなり得ます。古い楽器を見るときには注意をして観察してみてはいかがでしょうか?
※ヘッドの木材が柔らかい材質であれば各部がすり減りやすいと言えます。木材の選択には製作家のポリシーが表れるため、すり減り具合が特徴になります。
継ぎネック:ヘッドは残しつつネックを切り取る修理
ヴァイオリンは数百年使用できる楽器ですが、長年の間には交換しなければならない部品が出てきます。数十年~百年に一度に交換という部品もあります。ネックはそのひとつです。
ネックに使用されるメイプル材は表板に使われるスプルース材に比べ、すり減りにくいものの、それでも長年使っている内に摩耗して細くなってしまいます。この修理するには大変な知恵が使われています。
現代の感覚ではアッセンブリー交換で、スクロールを含めてネックを全部交換してしまえば事足りるように思えますが、弦楽器のヘッド部分はオリジナルを残す習慣があります※。そこで、ヘッドは残し、ネックだけを切り取り交換して接着する修理を行います。これを継ぎネックと言います。
新しいネックと古いヘッドの間の筋が継ぎネックの跡です。バロックヴァイオリンからモダンヴァイオリンへと1800年代前半に改造された楽器に多く見られますので、継ぎネックが施されているヴァイオリンはそれ以前の古いものとある程度推測できます。


継ぎネックもブッシングと同じく古い楽器に多く見られるものですが、こだわったレプリカの場合は新作でも継ぎネックがなされていることがありますし、線だけ入れてある場合もあります。継ぎネックの有無は価格や価値には無関係ですし、継ぎネックがあるから古い楽器と言い切ることもできません。
ですが、そこまで手間をかけてヴァイオリンを使い続けようとした職人さんの知恵や、良しにせよ悪しきにせよ、そこまで手間をかけてオリジナルを再現しようとしたレプリカ製作家の執念を感じ取るのも、楽器を見る楽しみの一つでしょう。そんな目で継ぎネックの痕跡を眺めてみてはいかがでしょうか?
※スクロールは美術的だからという解釈もありますが、美しいスクロールを作るのは高度な技術と手間が必要なため、より簡単な方法が考え出されたのかもしれません。
割れの修理:割れた木材の接着修理
マスターメイドのヴァイオリンに使う材料は、乾燥に伴う収縮や変形を避けるために、通常、製作時点で充分に乾燥した材料を使用します。それでも、より乾燥が進んで収縮・変形します。そのときに生じやすいのが板の割れです。自然な割れだけでなく、落としたり踏んだりする事故に遭ったヴァイオリンも少なからずあります。
収縮に伴う力が上下のブロックの部分にかかり、ブロックの周辺の表板が割れることが多いようです。また、強度的な弱点になりがちなf字孔の周りもよく割れが生じる部分です。
割れの修理は断面の接着だけの場合もありますが、板の裏側に薄い木材(パッチ)や紙を貼るなど補強しつつ接着されることも多いものです。




古いヴァイオリンの表板に割れはあるのが普通で、それほど価値に影響しないと言われています。また、きちんと修理されていれば強度的にもほとんど問題はないと言われます。表板に割れがあるからと言って必要以上に不安に思う必要はないと思います。一方、裏板や横板の割れは完全な修理が困難で価値も下がります。


所詮、ヴァイオリンは木工品、かつ、人の手で扱う道具です。300年も昔の木工品の道具にヒビや割れはあって当たり前ですし、長年使用の中では事故に遭って当然でしょう。逆に古い製作家のヴァイオリンなのに割れがほとんど無い。そして相場より価格も安いというヴァイオリンは疑ってかかった方が良いように思えます※。常識的な目で古い楽器の姿を見てみてはいかがでしょうか?
※新品同様(ミント・コンディション)の古いヴァイオリンもあるのは事実ですが例外と考えるべきでしょう。一方、それだけで他人のヴァイオリンを見て偽物と決めつけるような態度は、その人の品性が貧しいと思います。
継いだ木材:欠損箇所に木材を継ぎ足す修理
ヴァイオリンは使ったり、修理を繰り返す内に少しずつ減ってしまいます。運弓を誤ってCバウツやエッジを傷つけたり、欠けさせたりするし、表板を開ける時には接着面の木材が剥がれることもあります。
少しずつ薄くなってしまい、あまりにも薄くなってしまった場合には、木材を継ぎ足します。


表板に筋が見えるのは分かりますでしょうか?板が薄くなりすぎた部分を張り合わせて継ぎ足すわけです。継ぎ足す修理をハーフエッジと言いますが、その痕跡がこのように筋に見えます。


下手なボウイングをした場合は、Cバウツやエッジに弓が当たって傷つけたり欠けさせてしまいます。欠けた部分を継ぎ足して作り直します。それゆえ、古い楽器は少なからず、Cバウツのすり減りやすい部分やエッジの先だけ木目が違っていることがあります。これが継ぎ足した痕跡です。
場合によってはパフリングの外側を全周継ぎ直している場合すらあります。パフリングの外側と内側で木目が異なります。楽器自体の大きさを直した場合などに見られます。

価値や値段の問題はさておき、薄くなり過ぎた板を継ぎ足す修理は、あまりにも弾かれ過ぎて薄くなり過ぎたり何度も表板を外した歴史です。Cバウツやエッジの傷は演奏技術が拙い場合に付く傷です。また大きさ自体を作り直している場合は「オーナーが小柄だった」「楽器が大き過ぎて売りにくかった」など何らかの必然性があった歴史と言えます。
ヴァイオリンは将来に託すべき文化遺産でもあります。ヴァイオリンの過去・未来を考えながら、木材を付け足した痕跡を眺めてみてはいかがでしょうか?
虫喰いの跡-虫喰い箇所を木材で埋める修理
ヴァイオリンは木材で作られているため、長い間には虫喰いも起こります。古い楽器には、かなり多い割合で虫喰いの跡を見ることができますし、比較的新しい楽器でも虫喰いの修理痕がある場合もあります※1。虫喰いの場合、木目に合わせて木材を埋め込む修理を行われる場合があります。



虫喰いの多い楽器は価値の上では状態が悪いものとして低くなってしまう場合が多いようです。ですが、きちんと修理してあれば充分良い音色が出ますし、本来良い楽器が安く買えるチャンスにもなります。
ご自分の楽器に虫喰いの修理痕がある場合も、マイナスの意識を持つ必要はないと言えます。虫喰いもその楽器が経てきた歴史のひとつです。もしかしたら、ある時期はあまり弾かれておらず眠っていた楽器なのかも知れないし※2、それを直すだけの価値を誰かに認められた歴史でもあります。
虫喰いも古い楽器が経てきた事実のひとつとして、その楽器の歴史を考えてみてはいかがでしょうか?
※1 1900年代の楽器でも虫喰いのある楽器を見たことがあります。虫喰いは比較的新しくても起こりえます
※2 いつも弾いている楽器でも虫喰いは起こるそうですが長期保管時の方が発生率は高いように思えます
