ヴァイオリンの温度・湿度管理

ヴァイオリンの温度・湿度管理については広く注意喚起がされています。温度・湿度によって軽微な問題から、楽器の破損につながる大きな問題も生じます。そして温度・湿度ともに音色に与える影響は少なくありません。

プレイヤー自身で解決可能な軽微な問題として、音程の変化、弓の張りの変化、ペグの不調が、弦楽器工房での修理を要する問題として剥がれ、割れ、ネック下がり、ニスの傷みが挙げられます。

温度は15度〜30度、湿度は35%~65%なら大きなトラブルは生じないはずです。ですが、体温があり汗をかく人間が弾く限りこの条件を満たすことは不可能です。自宅でエアコン・加湿器の常時稼働も非現実的ですし、保管場所の温度・湿度に気遣っても練習会場やホールが著しく乾燥していることも多いものです。

すると闇雲な温度・湿度管理よりトラブルが生じた時の修理代金が小さくなるような対処が実用的です。そして新作楽器は温度・湿度の影響を受けやすく、年月の経った楽器は問題は生じにくいもの。楽器による個体差もあります。それゆえ温度・湿度管理は画一的な対処がそぐわないトピックでもあります。

温度:ニス修理は高額になります

温度は大きなダメージになります。暑さでニスを溶かすと完全に直すなら万単位の修理代金になります。私自身がニスの全塗り直しを依頼した時は30万円でした。

横板のニスが暑さで溶けて梨地になっています

夏場の自動車の車内が高温になる事はよく言われますが、ケースを直射日光に当てるだけでケースの表面はかなり熱くなるし、次第に内側に熱が伝わりケース内部も熱を帯びます。断熱対策の程度は商品によりますが、プラスチックの軽量ケースは熱を通しやすいと言えます。

直射日光の中を持ち歩くのは避けたいものの、駅からホールまで徒歩15分は珍しくありません。日陰を選んで歩いたり、白いタオルを巻いたり、時々コンビニに入ったりなど、人間も楽器も熱を溜め込んで熱中症になってしまわないような工夫をお勧めします。

私自身は、夏場の暑さで自宅にて新作楽器のニスを溶かしたことがあります。ケースに入れ部屋に置いた状態でしたが、室温は50度は超えていないはず。その程度の温度で注意を要すると言えます。一方、同じ条件下でモダン楽器にはノートラブルでした。ニスの性質にも依存するし、年月を経るとニスも固化して外界の変化に強くなるのでしょう。

湿度:板の割れもきちんと直すと高額です

乾燥で木材が割れる場合があり、きちんと直すなら万単位の修理代金が必要です。私自身は乾燥が原因ではありませんが、板を割ってしまった時には胴体を開けての修理で10万円でした。

乾燥は加湿で解決できます。加湿器の使用や濡れタオルなどを部屋に干しておけば加湿できます。その時にケースを開けておけばケースや楽器が吸湿します。

人の汗は湿度そのもの:ネック上げ、パールアイ修理も高額です

湿度が高いとニカワが緩んだりネックが下がる場合があります。ニカワが緩んで板の接着が剥がれた場合の修理代金は数千円程度で大きなダメージではありません。

ネックが下がるとネック上げの修理が必要になります。こちらは大きな修理になり修理代金は数万円〜10万円程度です。私は新作楽器でネック下がりの経験があり、ネックが下がるととても弾きにくくなります。ネック上げの修理をしてもらいました。

剥がれの例:表板と横板の間の接着が剥がれて隙間が空いています
この写真は左側ですが手の当たりがちな右側がよく剥がれます

多過ぎる湿度の一番の原因は演奏者自身です。湿度そのものの汗に体温が加わることで、首の触れるあご当ての周辺、手の触れる右アッパーバウツ周辺の接着はよく剥がれます。汗は拭き、部屋を涼しくしてから弾くことで多少は予防できますが、注意していてもニカワは経年劣化しいずれは剥がれを接着する修理は必要です。

また弓のパールアイも指の汗で溶けます。これも修理代金が大きくなりがちな要素です。パールアイを作り直してもらったら修理代金は1万円程度で大きさの割に案外高額です。

溶けて穴があきかけているパールアイ
使用には直接的な問題はありませんが見た目は悪いです

温度・湿度対策には、温度計・湿度計を

温度・湿度管理には温度・湿度計は不可能です。ケースに付いている温度・湿度計には不正確なものも多いし、部屋の温度・湿度こそ重要とも言えます。測定した上でエアコンや加湿器を使ったり湿度対策グッズを使うべきでしょう。

湿度計については、温度・湿度両方測定できること、デジタル式で小型であること、最大値、最小値のメモリ機能が付いたものが望ましいです。私の使っている湿度計をご紹介しておきます。
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温度・湿度による音色の変化〜良くなるとも悪くなるとも

温度・湿度で音も変化します。音の管理が温度・湿度管理の目的のひとつです。

音色に関しては温度の方が湿度より影響が大きいと言えます。楽器が冷えている時に10秒も手のひらを横板に当てて温めれば音は少なからず変化します。また夏場など温度が高過ぎるとぼやけた印象の音になる場合もあります。弓の毛も寒いとガサつきの多い音になり、これもエアコン暖房の空気で毛を10秒温めるだけで好印象になる場合があります。

高湿度の場所では音量が減り反応と音色が鈍く、逆に、低湿度の場所では音量が上がり華やかな音で反応も良くなった感覚になりがちですが、楽器による差が多い要素です。楽器の調整具合や、松脂、毛替え時の毛の張り加減などに依存するためです。木材は湿度で伸縮するもので、調整によっては湿度が高い方がバランスが取れて好ましい音になる場合もあります。

結局のところ、人間にとって過ごしやすい環境に置いておくのが無難で、楽器にとってもトラブルなく好ましい音色を出してくれると言えるでしょう。

石田 朋也

1974年、愛知県生まれ。2000年名古屋大学大学院人間情報学研究科修了。ヴァイオリンは5歳から始め、大学在学中の1993年からヴァイオリンの指導をおこなう。大学院修了後、IT企業でコンピュータ技術者としてNTTドコモのiモードプロジェクトなどに携わる。退職後、2005年からヴァイオリン情報サイト「ヴァイオリンがわかる!」を開設し、大人向けのヴァイオリン指導とヴァイオリン属の弦楽器に特化した写真家としての仕事をおこなう。これまで約1000人にヴァイオリンの指導をおこない、成果を上げている。また、写真家としてストラディヴァリやグァルネリ、アマティ、グァダニーニなどをはじめとする貴重な楽器を400本以上撮影している。著書「まるごとヴァイオリンの本」青弓社。「ヴァイオリンがわかる!」(https://www.violinwakaru.com/)。

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