ヴァイオリンのコンディション

購入検討しているヴァイオリンをよく見ると、コンディションが大丈夫なのか気になる事があります。ここでは不安を感じやすいポイントを例示しつつ、演奏に重要なネックなどの状態についても簡単に記します。演奏に重要なことこそが楽器のコンディションと言えます。

左右対称じゃないけど大丈夫?

左右が対称になっていないヴァイオリンがあります。f字孔の形や高さが左右で違ったり、スクロールが左右同じでなかったり。日本人としてはこういうのは許せないものがあるし、不安に思う方もいらっしゃると思います。

左右不均等なヴァイオリンの例
f字孔もCバウツも左右で高さ、長さが異なっています
5mmも違うので製作時の意図と考えます

新作ヴァイオリンには定規で測ったように左右対称なヴァイオリンが見られます。その一方、古いヴァイオリンではむしろ左右非対称の方が多いくらいです。

「美しいヴァイオリン」の代名詞のようなストラディヴァリも実は左右対象ではありません。f字孔は左右の高さが合っていないことも多いし※、スクロールも左右で形が違ったり正面を向いていないことが少なからずあります。

均整の取れたストラディヴァリでさえこんな調子なので、他の製作家は本当にさまざまです。グァルネリ・デル・ジェスはf字孔の傾きや大きさが左右で異なっている事で有名ですが、ストリオーニやJ.B.グァダニーニなど多くの楽器にも左右非対称なヴァイオリンは多く見られます。

意図的にずらしたのか、イタリア人の作業は昔からそんなものなのか、はたまた経年による歪みかわかりません。いずれにしても、形が左右揃っていないことにそれほど気にする必要はなさそうです。

定規で測れるような精密さより、音響に配慮した板の構造や削り方、迷いのないスクロールの削り方などが良い楽器を判断する手がかりになります。

※定在波による音のムラを回避するためにf字孔を左右でずらしたという説があります。

ニスがひび割れているけど大丈夫?

ニスがひび割れている楽器を見かけることがあります。細かいひび割れ、大きくひび割れて亀裂が入っているように見える場合などがあります。大変多く見られる経年変化です。新作ヴァイオリンでも数年程度で目立つことがあります。経年に伴って干上がった湖のように亀甲状にひび割れ、また、そこからニスが剥げてきやすくなります。

ニスのヒビの例(製作後10年程度のヴァイオリン)
皮膚が接するエンドピン付近はニスの傷みが生じがちです
ヒビがヴァイオリン全体に生じることもあります

時には「ニスにヒビの入った楽器の方が良い楽器」という言われ方すらされますが、これは根拠が充分ではありません。ひび割れはニスの収縮によって生じるもので、それ以上でもそれ以下でもありません。

購入時はピカピカだったのに、ひび割れて剥げて傷んでいくのが面白くない気持ちはよく理解できます。ですが、都度神経質に修理に出すのは望ましくありません。修理する毎に本質的に楽器のオリジナリティから離れていくためです。

オリジナルニスの剥離を最小限にするためにコーティングニスを塗る考え方もありますが、オリジナルの状態から離れるし音色も悪化します※。

ヴァイオリンは胴体のほぼ全てが振動板です。表板、裏板、横板いずれも硬度、強度を変えると音は少なからず変化し、オリジナルニスと異質のニスを塗るだけでも音色は大きく変化します。楽器は音質を保つことを最優先するべきで、そのためには可能な限り何もしない方が望ましいと言えます。

ヴァイオリンのニスはどのように使用していても、いずれ剥げていくもの。楽器を選ぶ際も年式相応の傷み具合の方が好コンディションと考えるべきです。そして、外観面だけを保って後世に受け継ぐよりも、できるだけ音を保って受け継ぎたいものです。

※絵画の修復ではコーティングや後世の絵具を剥がし、あえて後々取り除きやすい絵具を使用して欠落を埋める配慮がなされます。残念ながら、楽器の修復ではそこまで配慮した修理はまれです。

f字孔の一部が浮いているけど?

f字孔の一部が浮いて/沈んでいるヴァイオリンがあります。これを見て心配になる方もいらっしゃると思います。

f字孔の歪みの例
スクロール側が浮き、エンドピン側が沈み込んでいます
魂柱を強く入れ過ぎだったのだろうと想像できます

これは比較的新しいヴァイオリンでも見られます。歪みは弦の張力や板の乾燥などによって起こるものと言えます。弦の張力による歪みがあるため、適切な管理をしていたからと言って避けられるものではありません。f字孔の周りは造形が複雑なため目立ちますが、いろんな箇所に歪みは出てくるものです。

年月を経ると多くの部分で変形が生じてきます。楽器全体がねじれることが少なからずあるし、横板もゆがみ、表板も陥没し、裏板は肩の当たる部分(肩当てなしで弾く場合)が窪むことがあります。また、f字孔周辺の変形は、魂柱が適切に立っていない場合でも生じます。

厳密なことは、弦楽器専門店や修理技術者にお問い合わせ頂きたいと思いますが、多少f字孔周りが浮いていたり窪んでいたりするのは、ほとんど問題にはならないようです。

弦を押さえにくかったり音程が合わない

ヴァイオリン選びの際は「弾きやすさ」は重要です。「弾きやすさ」は様々な点で良いコンディションを意味します。

ヴァイオリンを弾くときに力は不要で、左手も右手もかなり軽く弾けるものです。左手の加減は「押さえる」よりも、「指を置く」程度です。触れるよりは強いけれども、押さえる力を意識するほどのものではありません。

この向きに見ることで適切なネック状態を知る事ができます

ところが、ヴァイオリンによっては押さえるのにひどく力を要したり、全く音程の取れない場合があります。こういったヴァイオリンでどれだけ練習しても楽に押さえられるようになったり、音程が取れるようになったりはしません。これこそコンディションの悪いヴァイオリンです。

これらの問題はネックや指板などの不具合のため生じることが多いようです。弦の張力で引っ張られネックが表板側に傾くこと(「ネック下がり」と言います)がよくある不具合です。

また、駒や魂柱などの調整で押さえる力を低減できたり、音程が取りやすくなる場合もあります。単に高さだけでなく良く鳴る状態なら、弾く力も音程を合わせる努力もかなり減らせるものなのです。

音程が取りにくい、押さえるのに力を要する場合はお店で正しい状態になっているか確認した方が良いかと思います。

不具合を抱えたヴァイオリンでの演奏は、例えるならタイヤがゆがんでまっすぐ走らない自転車で必死にハンドル操作を駆使して直進しようとしているようなものです。効率よく上達したり楽に弾くために、結果として美しい音楽を奏でるためには、ヴァイオリンを適切な状態にしておくことを強くお勧めしたいと思います。

石田 朋也

1974年、愛知県生まれ。2000年名古屋大学大学院人間情報学研究科修了。ヴァイオリンは5歳から始め、大学在学中の1993年からヴァイオリンの指導をおこなう。大学院修了後、IT企業でコンピュータ技術者としてNTTドコモのiモードプロジェクトなどに携わる。退職後、2005年からヴァイオリン情報サイト「ヴァイオリンがわかる!」を開設し、大人向けのヴァイオリン指導とヴァイオリン属の弦楽器に特化した写真家としての仕事をおこなう。これまで約1000人にヴァイオリンの指導をおこない、成果を上げている。また、写真家としてストラディヴァリやグァルネリ、アマティ、グァダニーニなどをはじめとする貴重な楽器を400本以上撮影している。著書「まるごとヴァイオリンの本」青弓社。「ヴァイオリンがわかる!」(https://www.violinwakaru.com/)。

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