ガット弦。最近の人にとってはなじみの薄いものかもしれません。
チューニングが狂う、切れやすいなど扱いに面倒な点があるのは確かです。ですが、一度はガット弦を試してみて欲しいと思っています。ガットには独特のタッチと、ガットにしか出せない音色があるのです。
ガット弦を使うことでヴァイオリン・ヴィオラともに有機的な音になり、逆にナイロン弦が無機質な音だったことに気付かされます(アナログのレコードとCDなどデジタル音源の違いに似ています)。音楽に必要とされる音を知ることは演奏の上でとても大切なことです。
ガット弦(オイドクサ:紫色の縞模様の弦)。これはヴィオラです。
ガット弦は有機的・音楽的な音がします
よく使われるガット弦は、ピラストロ社の「オリーブ」と「オイドクサ」です。オリーブは上下に倍音の多い張りのある音、オイドクサはうるおいのある音色が特徴です。よく言われるような「ガット弦は柔らかい音」というのとはちょっと違うように思え、むしろ硬い音と感じます。ただ有機的な硬い音なので耳に触る音ではありません。
弦の音は文章では表現しにくいものです。張る楽器によっても音が違うし、人によって感じ方も違うかもしれません。「とにかく試してみて!」とだけ申し上げます。
ガット弦(特にオリーブ)は高価ですが試してみる価値はあります。高価と言っても、ナイロン弦に比べ寿命が長くトータルコストはあまり変わりません。様々なことは言われますが、基本的には巻線がほつれるまで・切れるまで使う事ができます。
もしガット弦をお使いになったことがないのなら、ぜひともお試しください。ガット弦だから良いというわけではありませんが、ご自身の演奏に新しい可能性を発見できるかもしれません。
ガット弦の弾き方
ガット弦に交換しても「音がゆるいばかりで良さが分からない」「こんなの懐古趣味の時代遅れの弦だ」と思う方もいらっしゃるでしょう。これは多くの場合弾き方が不適切・荒いためです。
ガット弦は良きにつけ悪しきにつけ敏感で、ガリガリ弾いては相手にされませんし、左手も押さえつける・叩きつけるようでは音を潰してしまいます。ボウイング・フィンガリングともに力任せではなく速過ぎでも遅過ぎでもない適切なさじ加減のテクニックが求められます。
ナイロン弦の感覚ではガット弦の弾き方は相当に力を抜いて弾かなければいけない印象になるでしょう。適切に弾かなければ音すら出してもらえない恐ろしい弦とも言えます。その反面、適切に弾ければ音質・音量・音楽性ともに好ましい歌を歌ってくれます。
何でもかんでも怒鳴り散らすような力任せな演奏は下手な演奏です。逆に考え、力加減の配慮が必須なガット弦に慣れることで根本的に上手くなれるとも言えます。
プレーンガット弦
いわゆるHIP(Historically Informed Performence:歴史的知識にもとづく演奏)が行われる事が多くなりました。それに伴い、当時使われていたであろうプレーンガット弦が市民権を得られるようになりました。
プレーンガット(TORO社のもの)。テニスラケットのガットのイメージです。ただの紐といえば紐です
プレーンガットも試してみると面白いです。普段知っているヴァイオリンの音と全く異なった音が出ます。古楽演奏専用と考えるのではなく、ハイフェッツあたりまではプレーンガット弦が使われていた事実があり、近代の音楽を弾く上でも発見があります。
比較的安価ですし、思った以上に扱いにくくありません(むしろオリーブやオイドクサの方が扱いにくい)。チューニングも案外安定して湿度による変化も大きくなく、充分実用になります。
E線はモダンの演奏に使うには扱いきれない印象ですが、それ以外の弦はレスポンス良く音色は太くむしろメリットにもなり得ます。一方、荒いボウイングでは相手にされませんし、楽器の質も要求されます。
ガリガリ弾く方には全く合いませんが、良い楽器をお持ちで音色を重視する方には試す価値は大いにあります。
ガット弦の取り扱い
ナイロン弦を使ってきた方にとっては、ガット弦はチューニングが狂いやすいし切れやすくて使いにくいものと感じるでしょう。チューニングが狂いやすいことは事実ですが、切れやすいのはちょっとした工夫で避けることができます。
ガット弦はなぜ狂うのか?ガット(羊の腸)は天然素材で、湿度の変化で伸縮するためです。そして、湿度で伸縮する性質が、ガット弦が切れやすい理由です。
ガット弦が切れる状況としては、楽器を弾いた後ケースに入れて翌日見てみたらA線が切れていた、というパターンが大半かと思います。
こういった切れ方は、手汗をかいたり雨の日などで湿度が高い場合に起こります。湿度が高いと弦は吸湿して弦が伸びます。伸びた状態に合わせてチューニングすると、湿度が低くなった時に弦が耐えきれないほど張ることになります。ケースの中の湿度が低かった場合、弦が縮むことで切れてしまうわけです。
従って、手汗をかいたな、今日は湿度が高いなと思ったら、弾いた後ケースに入れる前にA線を半音ほど緩めておけば切れることはありません。ガット弦が切れやすい方、ぜひお試しください。
チューニングが不安定かつ切れやすいA線を
ドミナントやシノクサなどのナイロン弦にする事で根本的対処もできます
写真はオリーブのDG線とドミナントのA線です