練習できない時の維持と後退時の復元

ヴァイオリンの世界も毎日練習して当たり前の風潮があります。ヴァイオリンを一人前に弾きたいのであれば毎日数時間の厳しい練習が必要で、それを一日たりとも欠かしてはならないという体育会系の風潮です。実際スポーツ選手と同じく、日々相当の努力があってヴァイオリニストは演奏技術を維持向上させています。

現実的には理想的な練習時間を確保できていないものの、私自身もそう思っていますし、レッスンも毎日の練習を前提に行っています。その一方で、私もかつては会社員で普通の賃貸マンションに住んでいて、毎日の練習時間の確保がいかに大変なことかもよく理解できます。

また大人の方で趣味としてヴァイオリンを弾いている方にとっては、お仕事やご家庭の都合などを優先すべき時も少なからずあるでしょう。お仕事やご家庭の都合はとても大切で、この基盤があっての趣味である事は忘れてはなりません。趣味に対する真剣度合いが高いほど、お仕事やご家庭をより大切にするべきです。

それゆえ、練習ができない状況だった方、間が空いてレッスンにお越しの方に、演奏技術の復元を目的に「リハビリレッスン」を行う場合が少なからずあります。間が空いてのレッスンは怒られそうで気がひけるとお感じになるかもしれません。ですが、様々な事情は理解できるし技術の復元はむしろ歓迎です。どんな状態からでも良い状態にするのが指導者の役割であり喜びだからです。

技術の最低限の維持や演奏技術を取り戻すヒントについて書かせて頂きます。

技術の後退とは:コントロールが効かなくなる

練習が不足すると前進しない事はもちろん、技術的に後退して以前できたこともできなくなります。これは多くの方が経験されている事かと思います。前進しなくともせめて後退を防ぎたい思いも少なからずあるでしょう。

後退は「コントロールが効かなくなる、弾き方が分からなくなる」というものです。腕や指が動かなくなるわけではなく、動くけれど「どうしてこんなに弾き方が分からないのだ?」と思うくらいコントロールが効かなくなります。時間をかけて積み上げたことが崩壊してしまった感覚に絶望的になります。

例えるのなら、病気で数日間外出しないと歩き方がぎこちなくなってしまったり、数日間他の人と会話しないでいると言葉がスムーズに出てこなくなってしまうような感じです。歩けないわけではないけれど歩き方が分からない、話すことはできるけれど話し方が分からない、となってしまう感覚です。

1週間も弾かなければ押さえ方すら分からなくなります
毎日触ることの大切さを実感します

理想的な状態を知ってこその維持・復元

技術の維持はもちろん復元にはヴァイオリン演奏の理想的な状態を知っている必要があります。例えば、

  • 一つ一つの動きはシンプルでエレガントに
  • 無意味な音ムラは無く、規則的に
  • 音量と低ノイズを両立した音

などが挙げられます。

普段、日常的にヴァイオリンを弾いている場合はこれらはある程度無意識にできていることですし、より一層理想的な状態に近づけようとするものです。

ところが、間が空いてしまうと無意識にできなくなってしまう。普段の当たり前が当たり前ではなくなります。維持・復元には理想的な状態になるよう強い目的意識を持った練習が必要です。

最低限の維持のためには

練習不足でまんべんなく後退するわけではなく、後退しやすい技術も、さほど後退しない技術もあります。練習時間を確保できない場合は、後退しやすい技術にフォーカスを当てた最小限の練習をすることである程度の維持ができます。

特に後退しやすくコントロールが効かなくなる要素は概ね決まっています。ボウイングとヴィブラートです。特別な技術ではなく、ごく普通に音を出すことができなくなります。

練習時間を充分確保できない場合は、音階を使ったボウイング練習とヴィブラート練習で、最低限の維持はできるはずです※。時間にして10分以内ですし、ヴァイオリンを使わなくても弾き真似である程度維持はできます。

※うちのレッスンでは簡単なボウイング練習とヴィブラート練習はほぼ必ずやって頂きます。技術向上のためにも維持のためにも必要な練習です。

後退してしまった場合の復元のヒント

しばらく弾けず演奏技術が後退してコントロール不能になってしまった場合は、ひとまずコントロール可能な状態にまで復元する必要があります。

そのプロセスは、スポーツ選手がオフシーズンに休養を取ってシーズン入りに向けて徐々に調子を取り戻すトレーニングのイメージが役に立つことでしょう。急にハードなトレーニングを行うと身体を痛めてしまいますし、思ったような成果も上がらないことでしょう。

まずは軽いジョギングから、理想のフォームや力加減をチェックをしながら、時にはコーチにチェックしてもらいながら調子を取り戻していきます。調子を取り戻すためには根性論でのやみくもなトレーニングは無意味で、理想的な状態を知っていて、その状態に計画的に近づけていく必要があります。ただ単に「頑張る」とフォームは崩れ、力加減も分からなくなり、より一層コントロールできない誤った方向に向かうことにもなります。

ヴァイオリンでも全く同じです。

鏡を見ながら、無理のない「普通の形」を確認しながら進めます。必ず低負荷から高負荷へ、速過ぎず遅過ぎないテンポで。例えばボウイングならまずは中弓10cmから次第に全弓へ。フィンガリングも力を入れず弦を押さえるところから。

すぐに目覚ましく調子が戻ることはありませんが、まずは弾き方を思い出すレベルから始めて、少しずつ整えていくことが望ましいと言えます。後退度合いにもよりますが、一週間も続ければある程度回復できるはずです。

ご参考にして頂ければ幸いに存じます。

復元にはクロイツェル2番、カイザー1番といったシンプルな課題を推奨します

石田 朋也

1974年、愛知県生まれ。2000年名古屋大学大学院人間情報学研究科修了。ヴァイオリンは5歳から始め、大学在学中の1993年からヴァイオリンの指導をおこなう。大学院修了後、IT企業でコンピュータ技術者としてNTTドコモのiモードプロジェクトなどに携わる。退職後、2005年からヴァイオリン情報サイト「ヴァイオリンがわかる!」を開設し、大人向けのヴァイオリン指導とヴァイオリン属の弦楽器に特化した写真家としての仕事をおこなう。これまで約1000人にヴァイオリンの指導をおこない、成果を上げている。また、写真家としてストラディヴァリやグァルネリ、アマティ、グァダニーニなどをはじめとする貴重な楽器を400本以上撮影している。著書「まるごとヴァイオリンの本」青弓社。「ヴァイオリンがわかる!」(https://www.violinwakaru.com/)。

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