弓を壊さないために

ヴァイオリン本体は大事なものと思われていても、弓は軽視されていることが多いようです。弦楽器のプレイヤーでなければ弓の価値は理解し得ないでしょうし、ともすれば弓をぞんざいに扱う弦楽器のプレイヤーすら見かけます。

ヴァイオリン本体は相当破損しても修復可能です。使用に差し障りが無い程度はもちろん、腕のある職人さんなら傷跡が見えないくらいの修復も可能です。実際、古いヴァイオリンは板の割れを修理してあることが大半で、価値もさほど損なわれません。

ところが、弓のスティックを折った場合は修復不可能。一応、折れた箇所に補強材を入れ、糸で巻いて使用に耐えうるようにはできるものの、破損前とは弾き加減や音は変化してしまいます。もちろん金銭的価値も大きく損なわれます。

糸で巻いて修理した弓

ヘッドに細い木片を入れて補強してある

木目に沿った割れを修復した弓

オールド弓の存在が示すように弓も100年200年と長期的に使用することができます。ですが、不適切に扱えば折れますし、オネジ(弓の毛の張り具合を調整するネジ)も不適切に回せば壊れ、ネジだけでなくフロッグも時には傷めます。

弓の事故は普段の扱い方で避けることが可能です。加湿グッズなど特別な器具が必要でもないし、特別な扱いも不要です。常識的な観点で壊れ物として扱うだけでトラブルを避けることができるはずです。

持つときはヘッド側を上に

弓はスティックが命です。スティックを折ってしまわないような配慮が第一です。

特にヘッド付近は細くなっているため破損しやすく、破損させたら致命傷です。もちろん落とすべきではないのですが、誤って落とした時にオネジ側から落ちるのなら、最悪でも致命的な破損を避けることができます。

そのため弓を持つ時はヘッド側を上にするべきです。名演奏家がヘッド側を下に向けて持っている映像もありますが、破損回避のためには好ましくありません。特に他人に手渡す時はヘッドを上にし、確実に渡したことを必ず確認して手を離します。

ヘッド側を下にして持つのは致命的な破損につながる可能性が上がる

弓で楽譜をめくったり指し棒にしない

拍子を取るために弓で叩いたり、振り回したりするのは問題外として、弓で楽譜をめくったり指し棒にするのも避けるべきです。そのメリットは何もありませんし、時には横柄な態度にも見られかねません。指し示す必要がある時は、弓を左手に持ち替え、指で指し示す方が好ましいと思います。

弓を指し棒にするのは譜面台などに引っ掛け破損させる可能性が高まる

椅子に立てかけたりケースのふたをまたがせない

予見可能な事故はヴァイオリニスト自身の責任です。

アンサンブルの練習の休憩時間で、ヴァイオリンと弓を椅子の上に立てかけてあるケースも多く見かけるものですが、立てかけた状態は簡単に倒れます。また、ケースに橋渡しして弓の先がケースのふたをまたいでいることもしばしば見かけます。何かの拍子にふたが閉まったらケースがギロチンとなり弓は一発で折れます。

椅子に立てかけるのは簡単に倒れ危険
よく見かけますが、人の出入りのある状況で事故は予見可能

ケースのふたが閉まれば弓を破損させる危険な状態
出入りの人がうっかり触れればケースは閉じ得ることは予見できます

譜面台の上に置かない

譜面台の上に弓を置いているのもよくあるケースです。アンサンブルの練習場でこれをやっていたら、弓を折ってくださいと言っているようなものです。

少しの面倒を嫌うがために、他人に多大な気を遣わせることにもなります(しかもヴァイオリニストは他人の気遣いを理解し得ないプライドの高いソリスト気質の人が多いもの)。

この程度の予見ができない姿勢こそ、絶対に改めるべきです。

譜面台の上に弓を置くようなことは絶対にやめるべきです

オネジを無造作に回さず

オネジを必要以上に勢いよく素早く回して弓の毛を張っているケースを見かけることもありますが、弓にとっては好ましいことではありません。無造作にオネジを回すとネジ自体を壊してしまうこともありますし、スティックだけを持って回すとフロッグを傷めてしまうこともあります。

オネジを回す時にはスティックを持つのではなく、フロッグを支えながら速すぎず回します。

ネジをダメにしてボタンやネジごと作り直した弓
この弓は錆でボタンとネジが外れなかったため。通常はネジだけで修理可能

人間関係の破損こそ回避すべきこと

弓は右腕の一部と言うべきもの。そして、同じ製作者でも一本一本弾き加減や音色が異なりヴァイオリン本体以上に唯一無二のものです。自分の持ち物を破損させるだけならともかく、他人の弓や、楽器店の展示会などで試奏の弓を壊してしまったら大変です※。

自分の弓をどのように扱おうと勝手ですが、他人の弓を借りたり楽器店で弾かせてもらう際に、普段の不適切な扱いが出てしまうものです(わたしも楽器店の方から不適切な扱いを指摘された事があります)。それは人間関係を破損させることにも繋がります。

ぜひ自分だけのことと思わず、弦楽器の世界の社会常識と思って、楽器や弓を普段から大切に扱うようになさって頂きたいと思います。

※伝統的な弦楽器専門店の場合、楽器の性能を発揮できるようにするため、相当に良質な弓で試奏をさせてもらえる場合が少なくありません。「弾き弓」として無造作に置いてある弓が数百万円と言うこともよくあります。