ヴァイオリンを壊さないために

「ヴァイオリンはデリケートなもので大切に扱わなければならない」と子供の頃からヴァイオリンを習ってきた方は教えられているはずです。

実際にヴァイオリンはデリケートな面もありますし、ご存じのように億単位の楽器も存在します。その一方で、400年以上も使用可能な頑丈な楽器です。もちろん長い間には修理を伴いますが、長期に渡って使い続けることが可能です。

ここではヴァイオリンを破損させないための取り扱い方法についてお話させて頂きます。わたしは仕事上、何千万円・何億円と高額な楽器を手にすることも多いのですが無事故で来ましたので、それほどおかしな取り扱いではないと思っております。

まずはヴァイオリンに限らないことですが、モノを破壊しないためにはモノの性質を知り、破壊に至る過度な力を加えるリスクを取り除くことが前提です。

ヴァイオリンは部分的には1mm以下の板の厚さでできた木製品。薄い板を接着した塗りの木箱を扱っているとお考え頂ければ概ね大丈夫です。

  • 木箱に何か倒れてくる可能性を避ける→倒れる・落ちるものは遠ざける、ケースに入れる
  • 脚やお尻で踏む可能性を避ける→床や椅子には置かない
  • 落下の可能性を避ける→目の届かない場所や高いところには置かない

と言ったごく常識的な対処をすることでほとんどの事故を避けることができます。

ヴァイオリンは床や椅子に置くな

ヴァイオリンを床に置いたり、椅子に置いたりする事はしばしばあることです。

ちょっと楽譜に書き込みをするために床に置く場合、昼食などちょっとした休み時間の際に、椅子の上に立てかけて置くことも少なからずあるかと思います。

これらは事故の発生する可能性が高い状態です。

床に置けば踏んでしまう事もあり得るし、楽譜などが落下する可能性もあります。鉛筆やボールペンが落下しただけでも、間違いなくキズは付きますし場合によっては板が割れます(表板でも部分的には3mm以下の厚さ)。

床に置いている:譜面台はしばしば倒れ、楽譜やチューナーは落下する

椅子に立てかけるのもかなり危険

椅子に立てかけると、ヴァイオリンを踏み潰すだけでなく、滑って倒れることがあります。椅子の高さですらヴァイオリンをひっくり返したら無傷ではないでしょう。

衝撃を与えると見かけ上無事であっても駒や魂柱がずれ音やレスポンスが大きく変わります。駒や魂柱は弦楽器専門の職人さんでないと修理はできませんので時間や費用もかかります。

どうしても椅子の上に置くのなら、横にして置いた方が多少安全です。

椅子に寝かせた方がまだ安全。ただしお尻でつぶすリスクはある

自分の手を離れる場合はケースの中へ入れるのが安全と言えます。面倒ですが、ちょっとした気遣いが楽器の破損を避ける第一歩です。

ケースの中:この状態も安全ではないがマシ

ケースのファスナーや留め金は毎回確認

ヴァイオリンのケースには留め金やファスナーが付いているし、弓の収納場所にはプロペラ(弓を留めるバー)の操作で弓の固定・解除ができます。ヴァイオリンのネックを留めるヒモやベルトもついています。

ヴァイオリンをケースにしまう時には毎回これらが留まっているか確認をすると大きな事故を防ぐことができます。

弓を留めるプロペラがきちんと留まっていない場合は、持ち運びの際に弓がヴァイオリンの表板を叩くことになり、表板を傷つけます。古い楽器の表板のキズはこのことが多いものです。

ヴァイオリンにかける布は弓とヴァイオリンの接触を避けるため
保温ではありません

ネックを留めるヒモやベルトも要確認
ヴァイオリンがケース内を動き回ることを避けるためのものです

ケースの留め金やファスナーの留め忘れはしばしばあります。うっかり留め忘れて持ち運んでしまうとヴァイオリンが転がり出ます(わたしもやったことがあります)。ケースは留め金とファスナー、さらに留めるボタン(スナップ)で留められるようにと三重の保険になっています。

ケースの留め金が留まっているか確認
これは留め金は操作したけれども留まっていない状態
ヴァイオリンが転がり出ます

少なくとも留め金とファスナーはきちんと閉まっていることを確認してから持ち運ぶようにして頂きたいと思います。

※なおケースのカギは開かなくなることが時々ありカギはかけないようにと楽器屋さんで言われたことがあります。しかも留め金がかかっていない状態でもカギは閉まるので事故には無意味です。

運搬時は衝撃はもちろん周辺への配慮も

ヴァイオリンを持ち運んでいる時はヴァイオリンを破損させる危険が高くなります。ケースごと落としたら当然ヴァイオリンは壊れるし、運搬時は想定外の事故や盗難の可能性も生じます。

そして周りの人はヴァイオリンを持った人を好意的には見てくれているわけではありません。むしろ迷惑に思われていると捉えた方が良いでしょう。

徒歩移動の際は、ケースによっては肩掛けのストラップが外れやすいため注意が必要です。また、周辺の人や物にぶつけることも多いもの。狭い場所ではケースを立てて抱えます。※手持ちのリボーニのケースでストラップが外れケースごとコンクリートに落とした経験があります。ストラップをつける時はBAMのストラップに交換して使っています。

鉄道移動の際は自分の前にヴァイオリンを抱えます。背負うのは周りに大迷惑。網棚の上に乗せるのはもってのほか。揺れる列車の場合は簡単に網棚から転げ落ちます。ヴァイオリンの破損だけならともかく、他の方にケガさせてしまったら大変です。長距離列車の場合も自分の正面に置くのが安全です。東海道新幹線ではあまり揺れないのでわたしは網棚に乗せます。

飛行機移動の際は、事前にカウンターで機内持ち込みにしたい旨伝えると多くの場合許可が出ます。航空会社や担当者によって対応が異なり冷たい対応をされることもありますが、可能な限り機内持ち込みにするのが望ましいと言えます。

機内持ち込みの許可を得ると、こんなタグをつけてくれる場合も
これも状況や時期によって変わります

ヴァイオリニストはお手洗いに行く時もヴァイオリンを持って行くものと言われますが、大切なヴァイオリンなら本当にそのようにするべきと考えています。自分の目の届かないところにヴァイオリンを放置すれば失うものと、乗り物などで寝てしまったらこれも失うものと思うべきです。猜疑心を持つことが良いとは思いませんが、大切な物は自分で守るものです。

他人に期待するな自分で守れ

家族やペットによる破損もあり得ます。ヴァイオリンを弾かない人にとっては、ヴァイオリンの価値も扱い方も分からないものです。値段を聞いてふーんと言っていても、それが持ち主にとってどれだけ大切に思っているかは理解してもらえるものではありません(本当に驚くほど分からないものです)。まして、ペットの場合はなおさらです。ペットに理解を求めようとしても難しいでしょう。

冷たい言い方のようですが、価値の分からない人や動物にはなるべく見せない触らせないことが望ましいと言えます。ヴァイオリンを弾かない人だけではなく、ヴァイオリンを弾く人ですら楽器や弓の価値が全く理解しない人も少なくないものです。

本当に最後の手段として楽器保険がありますが、保険がかかっているから安心して雑に使って良いというものではありません。楽器のように趣味性の高いものはカネで解決できるものではないとお考え頂きたいと思います。

石田 朋也

1974年愛知県生。2000年名古屋大院修了。ヴァイオリンは5歳から始め、1993年よりヴァイオリンの指導を行う。大学院修了後、IT企業のSEとしてNTTドコモのシステム開発などに携わる。退職後の2005年より「ヴァイオリンがわかる!」サイトを開設し情報発信を行う。これまで内外の1000人程にヴァイオリン指導を行い音大進学を含め成果を上げている。また写真家としてストラディヴァリはじめ貴重な楽器を400本以上撮影。著書「まるごとヴァイオリンの本」青弓社

美しい音が好物。バッハ無伴奏がヴァイオリン音楽の最高峰と思う。オールドヴァイオリン・オールド弓愛好家。ヴィンテージギターも好み。さだまさしとTHE ALFEE、聖飢魔IIは子供の頃から。コンピュータは30年程のMac Fan。ゴッドファーザーは映画の交響曲。フェルメールは絵画の頂点。アルファロメオは表情ある車。ネコ好き。

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最小限のヴァイオリンの取扱い方